好評をいただいてる「守口市名所旧跡案内」。
今回は、守口市高瀬町にある「常称寺(じょうしょうじ)」を紹介します。
元日本代表のサッカー選手「城彰二」とは関係ありません。
常称寺(じょうしょうじ)
常称寺は、現在浄土宗知恩院の末寺で、もとは高瀬山華厳院常称寺と称し、華厳院高瀬寺の奥の院であったと伝えられています。
天平年間(727~749年)に行基が創建した高瀬寺は、七堂伽藍を備えた大寺院でしたが、度重なる戦火によって消失し、その都度再建されましたが、天正年間(1573~1592年)「織田・三好の合戦」での焼失を最後に再建されることはありませんでした。
常称寺に伝わる二巻の縁起は、行基開創になる高瀬寺の縁起を録している「河洲茨田郡十七ヵ所之内小高瀬郷一本高瀬山華厳院常称寺縁起」と、当寺の舎利の来歴と感応のことについて記されている「華厳院常称寺舎利記」で、これらは共に、奥書きから元和四年(1618年)のものであることがわかり、江戸時代初期の資料として貴重な文化財とされています。
【常称寺】
住所:守口市高瀬町2丁目9−12
ひとこと
すぐ近くに「式内 高瀬神社」もありますので、続けて見られますよ。