好評をいただいてる「守口市名所旧跡案内」。
今回は、守口市藤田町にある「弥治右衛門記念碑」を紹介します。
弥治右衛門(やじえもん)記念碑
Googleで「弥治右衛門記念碑」と検索すると「弥治右衛門記念碑前公園」という大きな公園が一番に出てきてしまうのですが、そこには弥治右衛門の記念碑は無く、道を挟んだ向かい側になる「弥治右衛門児童公園」という小さな公園の方に記念碑はあります。
大久保地区一帯は低地で、特に藤田村は水はけが悪く、稲の水腐れの被害が毎年のように起こっていました。
慶安元年(1648年)、藤田村の庄屋小泉弥治右衛門は村民の被害を取り除こうと、幕府の許可なしに排水樋を作ったと伝えられています。
このため、幕府を無視したとして、翌年3月22日に弥治右衛門一家は処刑され、家財・田畑も没収処分になりました。
村民たちは、村の犠牲になった、この弥治右衛門を後世に伝えるべく俗名を刻んだ道標を作り、墓碑代わりにし、また昭和7年(1932年)には、この記念碑も建立されました。
公園の一角に「弥治右衛門之墓」もありました。
【弥治右衛門記念碑】
住所:守口市藤田町3丁目4
ひとこと
冒頭にも書きましたが、「弥治右衛門記念碑前公園」ではなく「弥治右衛門児童公園」の方に弥治右衛門の記念碑はありますので、間違えないようにして下さいね。